東北の震災ボランティアに来た人
東北の大震災から12年。がれきの山。 水産設備から流れた魚等の腐敗した匂い。
電気が届かず暗い街並み。 体一つで逃げた為残った物はこの体だけ。、、、。
何もかも整った場所に住む人から見れば、地獄に映るかもしれない。
でも、そこに住む人たちは『目を背ける訳にはいかない! 前を見なければ!』
と、お互い励まし合いながら一日一日を大切にして過ごしている様に感じました。
私が出逢ったボランティアに来た人
色んな方と出逢いスゴイ刺激を受けました。例えば・・・
・中学生までいじめられて過ごして、高校卒業と同時にオーストラリアに移り住み
10人を雇う会社の社長さんになった人。(30代男性)
・世界一周の旅に出ていてインドにいた時震災で日本が大変になっているからと
戻って来た人(20代男性)
・ご夫婦で何もできませんが。 とご挨拶されたお二人。私がリーダーを担当していて
その方に合った仕事をお願いした時に『ありがとう!ありがとう。』と声をかけてくれた方。
・長野工業の先生で生徒さんに私たちも連れて行って下さいと言われ、まずは自分が。と動いた人
・郵便局で働いているが『あと10日休ませてくれ!』とお願いしている人。(30代男性)
・消防士さんで新婚旅行でボランティアに来た人等々。 あまり先の事を心配しない人が多かった
私も会社を辞めて行きましたが
私も長男を連れて会社を辞めて行った者で、はたから見れば同じく変わり者でした。
でも、全ての方々を『変わり者』と一括りに分類は出来ませんが、目先の事よりも
大事な事があると判断された方なのかなと、思いました。
先の事がまず心配になる人は、中々行動に移し難いと思います。
当たり前ですよね。人の心配をする前にまずは自分の心配。 きれいごと言っていて家族が
路頭に迷ってしまったら元も子もない。 常識のある方は皆そう思います。
私は何も出来ませんでした・・。
とおっしゃる方と東北から帰ってから沢山出会いました。 そんな想いをした人たちの
お手伝いをしたくて、熊本大地震の際はヒッチハイクをして信州から熊本まで往復しました。
『私を乗せて頂いた事が間接的にボランティアになります! 皆さんの分まで私が現場で
頑張ってきますから!』 とお話させて頂きました。
すると、『ありがとう!これで気が休まったわ。 主人の出身が熊本で歳だから行けなくて
どうしようかと思っていたの!』 との事。 何か出来る事はきっとある。
単管ガレージの作り方を三度教えた人
知り合いで、「単管でガレージを作りたいんだけど教えて!」 と今までに3回聞かれて
その度に簡単な図面を書いたりして教えてあげたことがあります。
私の教え方が悪いのか10年以上過ぎますが始まる様子がありません。
きっと自分に出きるか心配で行動に移せないのかな? と思います。
小学生の時から子供達だけで電車旅
以前にも書きましたが、我が家では子供達だけで電車に乗せて名古屋までの電車旅を
何度もさせました。 少し慣れてくると名古屋から新幹線に乗り換えて豊橋まで行く事
もありました。不安が全く無いかと言えばウソになりますが、
『困った時は大人の人にこれを見せなさい』 と言って私たちの連絡先とか名古屋の駅で
お祖母ちゃんが待っているとか書いた札を持たせたりしました。
結果的には、高校生位になると好きなバンドのライブに自分たちで考えて学割を取って
東京に出かけたりしていました。
もう4人とも20歳を超え当たり前ですが、旅好きであっちこっち飛び歩いている様子です。
リーズナブルな旅券を見つけては旅先の写真を送ってくれます。 私も行きたい!
無事、行動に移せる人の出来上がり! でしょうか? (笑)
今日仕事先で

日曜日しか出来ない仕事があり、職人様に
無理を言って本日行いました。
無事終了し一服している際に子育ての
話題が出ました。その職人様は18歳の
息子さんがいて今年から社会人として
家を出たとの事。淋しくてね・・。
分かります。
『そんな時にデパートへ買い物に行った際
迷子になった小さな子がいて手をつないで
受付の方に預けたんだ。 久しぶりに小さな子と手をつないでね。
子供っていいな! もう一人作っておけば良かったな。 と真剣に思ったよ!』との事。
あのギュっと握られた感触とちっちゃな手が何とも言えません。
はるとらんちゃんの事を頭に浮かべながら聞き入ってしまいました。
東北ヒッチハイクの旅が終わったら九州も行きたいな!
そういえば はる君!8歳の誕生日おめでとう!
また元気な様子を見せてね!
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