なごむ

私の住む町は旧和田村(現在は長和町和田)。

私達夫婦の仲人をお願いした方は和田さんご夫婦。

長男幸村くんのお嫁ちゃんの実家、地区の名前が和田地区。

私の姉の名前は和枝さん・・・。等々 何かと和田と言う名前や和むという漢字に

縁を感じます。

辞書で『和』という漢字を調べてみるとやわらぐ(和らぐ)、なごむ(和む)という

意味で用いられ足し算の結果、『日本国・日本文化』を指す字として用いられる

事も多い。 とあります。

『やわらぐ』穏やかなゆったりと落ち着いた状態になる。打ち解けて仲が良くなる。

『なごむ』程よくゆったりと落ち着いた状態になる。のどかでうららか。

という意味があるようです。 素敵な言葉です。

私の父親には先妻がいて、かずこ『和子』さんと言う名前だったそうです。

初めての子供を授かり出産の際、当時の田舎の医療事情から母子とも助からず

亡くなられた。と聞きました。

その後、私達の母親と結婚をして授かった一番目の子供に和子さんの「和」を

とってかずえ和枝さんにしたのだと思います。

そんな事で『和』と言う漢字には何かと縁を感じます。

私達の初めての子供が生まれた時、男の子ならばたく『拓』、女の子ならば

ひより と名付けようと決めていました。

結果として四人の息子に恵まれ、四番目の子に『日和』と漢字で名付ける事になった

のは、ある意味必然だったのかもしれません。

『和』という字を残しなさい! というメッセージだったのかもしれませんね。

『お日様のような暖かくて人を和ませる人であって欲しい』

我ながら気持ちのこもった名付けが出来ました。 そしてその漢字の通りの生き方を

選択した大人になってくれましたね。

上田市社会福祉協議会のボラバン(災害ボランティア活動)に交ぜて頂き

石川県輪島市へ行ってまいりました。

参加メンバーは10人。程よい人数ですね。

メンバーの内訳は長野大学の社会福祉学部の生徒さんが5名

私を含め社会人一般の方が3名

社会福祉協議会の方が2名  男子5名女子5名  合計10名でした。

上田市と社会福祉協議会の協賛の活動の為か、出発式などがあり偉い方やマスコミの方

も会場に集まり賑やかなスタートとなりました。

『町もこんなに力を入れて支援を行っています!』とアピールしたいのでしょうね。

長大生を引率する先生もお見えで、お話しをさせて頂くと日本福祉大からお見えの

先生らしい。 こんな所でも繋がっている訳ですね。

うちの四男かいちゃんよりも一学年下の学生さん達。 若くてキラキラしています。

社会福祉協議会の職員さん二人も20代後半の方

一般の方は一人は20代の役場職員さんで実家が石川県加賀地方の男性の方で

せっかくの機会なのでボランティア休暇を頂いて参加されたとの事。

もうひと方は女性の方で『なかなか参加する機会が無く、町の広報の中に社協が企画

する今回のボラバンを知り参加されたそうです。

皆さんきっかけはそれぞれですが、行動に移された訳ですからそれだけで立派です。

学生さん達はゼミ仲間と言う事で仲良しさん達。 仲間がいるから力強いですよね!

災害ボランティア活動は初めて! という方が殆どでした。

社協さんの狙い通りになった訳ですね。 そうですね、きっかけを与えてあげる事

って大切ですよね。

それも若い間に行動に移す事が出来るようになるとムテキです。

2月に私もお世話になったNGO『結』さんを通じて手配されたらしく、5か月が

過ぎていますがそのまま活動を続けてらっしゃるメンバーもたくさんおられました。

5か月前は『絵を描くのが得意』だったメンバーさんがしっかり経験を積まれて

どっしり構えてリーダーシップを発揮される責任者さんになっていました。

このNGO結さんの良い所は、いつまでも同じ人が旗振りすることは無くて

若いメンバーに権限を委譲してドンドン経験させてあげて成長させて行く所

だと思います。

そこで自信を付けた若者はまた違う現場でリーダーとなって活躍する事でしょう!

会社と言う組織もぜひこうあっていただきたいものです。

取材に来られていた東信ジャーナルの電子版に写真が出てましたね。

私は歳なのでひっそりと目立たず、皆さんが気持ちよく活動が出来るように

甘いものを買って分けたり、大変な作業は進んで行ったり等

枯れ木も山のにぎわい そんな感じで過ごしてまいりました。

25日に夕食を頂いた場所は旧小学校跡地。 地元の名士さんがボランティア活動の

下支えになれば。 と食事と教室を使って宿泊もできる様に改装されていました。

宿泊先はその近くの民家さん。 空き家を民泊できるようになっていました。

世の中どこも空き家だらけです。

災害地という地域性もありますが、過疎地の空き家対策のひとつ。

大変良い事例だと感じました。

1月1日の能登沖地震から丸7か月が過ぎようとしています。

災害ボランティア活動を通じて現地を見てきましたが、本当に何も変わっていません

でした。 倒れた家屋はそのまま。 道路だって片側通行路は減っていましたが

凸凹の激しい状況はさほど良くなったとは思えませんでした。

確かに仮設住宅は増えたのでしょう。 その為避難所に暮らす方は減り、避難所の運営

事態は減り規模は縮小され、自衛隊や全国から応援に来ていた警察、自治体関係者の車両

は見かけなくなりました。

本当に支援は必要なくなったのでしょうか?

倒れた建物が7か月ほおっておかれ色あせていました。

まだまだ時間がかかりそうです。

それでも、気がかりだった田んぼの状況。 しっかり稲が植えられ一部稲穂が出て

いました。 田植えができるのかなぁ~ と心配していましたが、水の確保が出来て

町の人達の食べ物を育てる喜びが見いだせて良かったな! と感じました。

能登の方々に今必要なのは、ほんの少し先の将来が見える事ではないでしょうか?

それが整って初めて本当の『やわらぎ』や『なごみ』が訪れるのではないか。

と現地を見て感じました。

皆さまも忘れずにいてあげて下さい。お願いします。

次回はしあわせ です

この写真は北陸自動車道の有磯海サービスエリア内にある

恋人の聖地と呼ばれる場所です。

時間が遅かったので閑散としていましたが日中は賑やかなのでしょうね。

フェンスにいくつも恋人同士が付けたと思われる南京錠が

いくつも付けられていました。

いつまでも離れない様にしっかり付けられています

結婚30年を過ぎると、時たま息継ぎも必要ですよね。

お互いに自由になる時間も大事です。

本日は嫁さんが長崎から遊びに来る次男そらまめくん家族を迎えに

行きました。

お孫ちゃんに逢えるのが楽しみ~!

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