壊れたふるさと
2月7日から生まれ故郷に入りました。
社協の仲間が先陣を切って活動を始めていて頂いたお陰です。感謝いたします!
活動拠点は石川県七尾市中島町と言って和倉温泉の少し北側に位置し、旧西岸小学校。
児童の減少で各地で学校の統合が行われ、今回『災害NGO結』と言う災害ボランティア団体が
1月1日16時に発生した能登地震の次の日、2日には現地入りして現場査察を行った
と言います。ちなみにこのNGO結さん、1月1日には九州で新年会を行っていた最中だった
とか。 まさしく驚くほどフレキシブル。
現地確認をして物資、人の拠点をどこに置きどこを確保するか?
そこで選んだのが七尾市の旧西岸小学校。 場所を選択したら町、県、国のあらゆる手段で
使用許可を頂くのでしょう。 とことんスピードが求められる中で使えるものは何でも
使用するし、実績があるから許可も出るのでしょうが、、、。
まずはベースキャンプを確保して物資をあらゆる企業から集め、そこから各避難所にニーズを
聞きながら必要な物資を届ける。
私が入ったのは地震発生から1か月と僅か、その間にトラック・ダンプが10数台、重機が
少なくても5台、入浴支援車2台。 毎日25~30人ほどのボランティアスタッフが
早い方は朝6時頃から現場に出かけていました。 スゴイです。パワフルです。機動的でした。
全国から集まる集団
防災NGO結の代表トムさんは沖縄の方と聞きました。そして働いているスタッフの方も
沖縄出身の方が多い。
色々な理由はあるのでしょう。 こんな話を聞きました。
『沖縄は全国に飛行機航路があって、しかも安いんです。』 納得ですね。確かに確かに。
何か災害が起きて、すぐに現場に向かうのに直行便が無ければスピードに欠ける。
沖縄であれば遠い様に感じるけれど飛行機であれば2時間もあればどこでも行ける。
と言う訳ですね。
9日間この拠点で働かせて頂きました。
岐阜県から来ている重機オペのプロフェッショナルの方、長崎県大村市から何度も
繰り返しお見えの重機オペの方、大分県から来ているミュージシャンの方
長野県からもたくさん来られていました。 そしてメンバーが若くて活気がありました。
どこの災害ボランティアに行っても感じますがやらされている感が全くありません。
自分が何をやれば良いのか自分で考えて行動する。そんな集団。
そして彼らは次の次を見て動いています。 痺れますね!
輪島市の南側、町野町(まちのまち)
私が参加させて頂いた初日。輪島市町野町に入りました。
現場の1Km手前までの景色と、町野町は別世界でした。

全体の写真が無くて分かりずらいかもしれません。左奥白い車の左、二軒のお宅が
崩れ落ちています。右側手前と奥に見えるお宅は平屋に見えますが、二階建てです。
この町の特徴は、一階が殆ど崩れて二階部分だけが残っています。
そして能登の建物の特徴は瓦が殆ど落下することなく、そのままの状態で残っています。
能登瓦の特徴でしょうか一枚一枚が銅線で瓦桟に緊結されているため落下せず
重心が重くなり揺れがより大きくなり一階の部分が重みと揺れに負けて(一階部分の
壁量が足らず)崩れ落ちた状態に感じました。
能登瓦は真っ黒で輝いていてきれいです。町が一体化しています。
でも今回は裏目に出てしまいました。

最初の5日間は倒壊した建物の下敷きになった車を取り出す作業でした。
重機、10トンジャッキ、チェーンソーを使って車の上の建物を大まかに撤去した
後、10トンジャッキで家屋を持ち上げ車を基本的にはエンジンをかけて取り出します。
ただ、殆どの車が下敷きになった際、ハザードランプまたはルームランプが点灯したまま
となり、バッテリー上がりになった状態でした。
バッテリーをジャンピングをしエンジンをかけます。
多少傷やへこみはあるものの、買い物や病院へ行く足として十分使える為大変喜ばれました。
被災地のニーズをしっかり汲み取って、町や社協ではできない作業を無料でさりげなく
行ってしまう集団。 カッコ良かったです!
私の生まれ故郷



私の実家を知っている方しか分からない映像になります。
私がイメージしていた状態に比べ、大きな崩れ方ではありませんでした。良かったです。
とはいうものの、家の中はグチャグチャ。窓ガラスははずれまくり、防犯なんて言葉は
この町には通用しません。家までの道もご覧の通り、地滑りでバイクがどうにか通れる
そんな状態でした。
最低限の事はしてあげよう。 と玄関引き戸の修繕を行いました。幸いにも片方のガラスは
割れていなかったので、割れた方をはめ殺しにしてタキロンがあったのでそれで覆い
雨風をしのげる様にしました。
大きな杉の木が雪の重みで折れてしまい、屋根に寄れかかっていました。
蔵の中をさばくって見たところ、兄が使っていたチェーンソーと混合ガソリンを発見。
いつの混合ガソリンか分からないけど、注入してガシガシとエンジンをかけてみると
さすがに揮発性が劣っているもののどうにかかかり、木の下側に切り目を入れて
二階の窓から屋根に出て、木の出来るだけ上の部分にロープをかけて下から引っ張り
安全な場所に倒しました。小さく輪切りにして倒木処理完了!
雪と雨風をしのぐ覆いをして、残りは姉夫婦にお任せすることにしました。
親
石川県の実家は一番上の姉が相続しているので、あまり出しゃばり過ぎても何かと
問題がありそうなので、外観から見て『ここだけは!』 という場所を選んで修繕を行い
ました。天空からご先祖様が『もう少しきれいにしていきなさい!』 と言ってそうでは
ありましたが、私がやりだすと何でもかんでも捨ててしまうので、、、。
許してくれると思います。 たぶん。
その分3日間かけて2Km強の町の道をきれいに清掃する事にしました。
杉林の多い町。杉って常緑樹なんだけど結構枝葉が落ちます。昔々はこの落ちた枝葉を
焚きつけの燃料として皆が使っていたので道路も林の中も何も落ちていない位きれいだった
のだと思います。


こんな感じで、黙々とただひたすら道路の清掃をしました。
側溝の落ち葉をさらいあげたり、木が倒れていたら切って崖に寄せたり、ピカピカに
してきました。
今は二次避難していて町に戻れない方々がいずれ戻って来た際に、
『出て行った時に比べてきれいになってない!』 と言ってくれることを信じて。
きっと私の祖先の皆は目を細めて見てくれていると思います。
『よくやったな! ありがとう! 』と私にはちゃんと聞こえました。
次回は能登の海 です

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